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上尾和太鼓の会若駒は地域の各種イベントにて発表しています。

2017三陸芸能交流会

埼太連20周年企画として取り組まれた「三陸芸能交流会」。
2011年の大震災で大被害を受けた三陸の芸能団体を支援した縁で埼玉の太鼓サークルと三陸の芸能団体との交流が生まれました。
これを契機に今回の企画となりましたが、埼玉からは「若駒」も含めて70名あまりの参加があり、地元三陸の参加者を合わせると200名を超える大きな交流会となりました。

大船渡市越喜来地区にある「三陸中央公民館」で互いの芸能を発表しながら、交流を深めました。
三陸中央公民館 三陸中央公民館ホール
 「三陸中央公民館」です。         ホールの入り口です。
三陸中央公民館内部 
この公民館は、先の津波の被害を受けたところで、津波は2階と3階の途中まで達していたのです。
色の変わったところまで津波は達していました。
 津波の到達した高さ


「金津流浦浜獅子躍」で幕開けです。」 
衣装が異様で近寄りがたい印象がありますが、威厳に満ちた格好の良さが特徴の踊りです。
 金津流浦浜獅子躍1

今回は特別バージョンとして雄の獅子が雌に求愛するさまを演じてもらいました。
金津流浦浜獅子躍2 金津流浦浜獅子躍3
金津流浦浜獅子躍4 長い「ササラ」が印象的です
 
続いて岩泉町小本の「中野七頭舞」 
中野七頭舞3
中野七頭舞2 中野七頭舞1
「先打ち」「谷地払い」「薙刀」「太刀」「杵」「小鳥」「ササラスリ」の7種類の道具を持って踊ることから「七頭舞」といわれています。
中野七頭舞4
踊りも「道具取り」「横跳ね」「チラシ」「戦い」「ツットウツ」「みあし(鳥居掛かり)」「道具納め」の七つがあります。
このことからも七頭舞の」意味がうかがわれます。        
 
三番手は「鵜住居虎舞」です。
航海と操業の安全を祈願して、古くから大いにもてはやされ、縁起物として祝いの席でも踊られています。
鵜住居虎舞遊び虎1遊び虎です
鵜住居虎舞跳ね虎
跳ね虎
鵜住居虎舞遊び虎2
笹歯(ば)み
鵜住居虎舞遊び虎3
「遊び虎」ですが、二頭でじゃれ合っています
鵜住居虎舞笹喰み1 
「笹歯み」とは虎の武器である牙を笹で磨く様を踊りにしたものです
鵜住居虎舞笹喰み2  鵜住居虎舞笹喰み3
手踊りの「甚句」と「杓踊り」です
鵜住居虎舞杓踊り 鵜住居虎舞甚句
 
四番手は「浦浜念仏剣舞」
浦浜念仏剣舞1

 江戸中期から始まった踊りですが、幕末から途絶えていたのを明治初年に復活させました。しかしその後は、疫病、凶作、戦争、津波などで幾度となく途絶えました。
 その後、昭和47年に当時の浦浜青年会が復活させて保存会を結成し、継続を柱に取り組んで今日にいたっています。
 
浦浜念仏剣舞2 
胴踊り(太鼓)が唄う念仏和讃にのせ、ささら(踊りの指揮者)が香炉を高く持ち上げ庭をめぐり、踊り手一人ひとりに焼香させる作法、中踊りでの踏み込みの強さ、後半の剣を振りかざし阿修羅のごとく激しい戦いを演ずる気風がこの剣舞の特徴と言われています。
浦浜念仏剣舞3  浦浜念仏剣舞4
 
最後に「埼太連」がサークル合同で「ぶち合わせ太鼓」を披露しました。
埼太連ぶち合わせ太鼓1 
埼太連ぶち合わせ太鼓2 いつになくみんな締まった太鼓を叩き、力いっぱい演じ切りました。
 埼太連ぶち合わせ太鼓3
埼太連ぶち合わせ太鼓4
 出演者全員で記念撮影
出演者集合写真1
出演者集合写真2


演奏の後は、みんなでバーベキューパーティー。
バーベキューで交流














海の幸をたっぷりいただきました。お酒もすすみます。話も盛り上がって記念すべき交流会になりました。
 バーベキューで交流
交流会が新聞報道される 
交流会は地元の新聞にも掲載されました。 
陸前高田の「奇跡の一本松」です。   海岸には高い堤防が造られていました。
奇跡の一本松 高い堤防
越喜来の堤防も高い
三陸はまだまだ復興途中です。壊れたままの建物、見上げるほどの高さに持ち上げられた堤防。
大津波は忘れない、三陸を忘れない、そして原発事故で先の見通せない福島も。
芸能の力を信じて、これからの互いの交流を約束して、三陸の芸能交流会は終わりました。 
 


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